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酸素室生活のまい

それからのまいは発作が一日5回も起きた日を境に一気に弱ってしまい
一日中寝てばかりでした。

今までは私が庭に出て花いじりをしてる時、一緒に庭に出てそれなりにくつろいでいましたが
庭にも出てこなくなりました。

散歩も初めのうちは留守番させるのは可哀想で抱っこして連れて行ってたんだけど
重くて長距離は流石に私が持ちません。
しかも短いコースだとチーコが満足しない!

仕方なく最初はまいとチーコを連れてその辺を1周して
一旦まいを家に置いてチーコの散歩へと出かけていました。
まいもそれで満足したのかすんなり見送ってくれてました。

もうひとつ変わった事と言えば、早朝5時から私の耳元で
キャンキャン吠えてゴハンの催促します。
耳が遠くなってから吠える声がものすごく大きい!
まだ早いよ~となだめても聞く耳持たずでもらえるまであきらめません。
一日何度もゴハンの催促するので食べなくて苦労するよりかはと思って
あげていたら体重がジワジワと増えていきました。



てんかんの薬を飲みだしてからおかげさまで発作を起こすことなく過ごしていたんだけど
6月に入ってまた癲癇の発作が起きてしまいました。

薬の量を増やしてしばらくは良かったけどすぐに効果がなくなったのか
また発作です。

発作の後はハアハア言って今までは30分から1時間ほどすると普通の呼吸に戻るのに
その日は病院の酸素室に夕方まで入っていても全然改善されませんでした。

そのまま入院させても今の状態では何が起こるかわからないと言われ、
入院して誰もいない時(24時間対応ではないので)まいが死んだら
後悔すると思って家で最後を迎えられるように酸素室をレンタルすることにしました。

レンタル酸素室の会社に連絡したのが4時過ぎだったけど
緊急と言って6時には家に届けてもらいました。
(病院と提携してる訳じゃなく飼い主自身で連絡します)

どうしても今日のうちにとお願いしたので酸素室がSサイズしかなく
5キロまでは対応出来ますと言われたけどいざまいを酸素室にいれると
ギリギリでした

DSC_0309.jpg




6月26日からまいは酸素室生活に入りました。
酸素室に入っても呼吸は相変わらずハアハアが治まらず寝るのもきつそうで
座ったままの姿勢が楽なのでずっとこの体勢です。
それでも夜には呼吸も落ち着いて横になって寝ていました。


この数日後、Mサイズの酸素室に交換してもらい倍の広さになり
これで私も安心してまいの介護が出来ました。
トイレは酸素室の中ではしてくれないので酸素室の壁をかりかりし出したら
出してくれの合図で家のトイレまでヨタヨタ歩いておしっこしに行ってました。


4,5日するとちょっと楽になってきたのか酸素室に入れても
すぐに出たがって壁をカリカリ、心を鬼にして無視すると
大きな声で吠えてしまうのでもうあきらめ気分で部屋で自由にさせてました。


亡くなる日、呼吸もだいぶ楽になったのかその日も朝から部屋でくつろいでいました。
そろそろ病院へも連れて行こうと思ってたのに、昼過ぎにまた発作を起こしたので
また酸素室に入れて、しばらくすると寝てしまいました。
まいは1度寝ると5~6時間は目を覚まさないので夕方15分ほど
チーコの散歩に行き、戻ってみるとまいがハアハア言いながら起きていました!

よく見ると口の周りが濡れています。
きっといない間に発作が起きたんだと思います

もう酸素室に入っていても苦しいらしくしきりに出たがるので
私も覚悟を決めて自由にさせました。

まいは落ち着く場所を探してウロウロしてたんですけど
最後は私のそばに寄ってきて今まで以上の荒い呼吸になり
最後は口をパクパクさせ息絶えてしまいました。

今、書いてる間あの日の事を思い出し、涙が出てしまいます。


まいちゃん、ほんとによく頑張ったね。
えらかったよ。ありがとう・・


酸素室に入ってる写真がこの世での最後の写真となりました。


またまた長文になり読みづらく、申し訳ありません。
最後まで読んでくださってありがとうございました。






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まいは7月4日に亡くなりました

長らく放置していたブログですがちょこっと復活です。

実はまいが7月4日夜の9時半頃、天国に召されてしまいました。

長くなりますけどこの1年ほどのまいの状態を書いていきたいと思います。

2年ほど前から僧帽弁閉鎖不全症で心臓の薬を飲んでいたまいですが
それまで朝、心臓の薬を1錠だけ飲んでいました。
散歩も自分で歩いたり、立ち止まったら抱っこしながらと毎日散歩にも行っていました。


DSC_0086.jpg



1年ほど前のある日、寝てたまいが急に起きだして部屋の中をうろうろし出したと思ったら
バタンと倒れ、手足をつっぱらせ、首がのけぞって口からは泡を吹いていました。
時間にして1分くらいだったでしょうか。

舌も紫色になっていたのでとりあえずスプレー式のニトロを口の中にスプレーして
まだ病院が開いている時間だったのでまいを急いで病院に連れて行き
肺に水が溜まって肺水腫を起こしていました。
その時、先生からは発作は心臓からだろうと言われました。

それから半年後に1回、さらに1ヶ月後に1回と感覚が短くなっていきました。
そのつど薬も増えて心臓の薬と利尿剤で5種類ほど飲んでいました。

発作も心臓からと頭からもあるので正確に判断するにはMRIでも撮らないと
わからないけど今のまいに麻酔を掛ける訳にもいかないので
発作が起きた時に動画を撮ってもらえばと言われたけど
あの発作の最中に動画を撮るなんて余裕まったくありません!
このまま死んでしまうと思うほどでしたから・・


2月の終わり頃だったかな、日曜日で昼間、発作が起き、
かかり付けの病院は日曜は休みでどうしたらいいのか焦っていて、
大学生の姪っ子が土日だけ動物病院でアルバイトしてるのを思い出し、
診療時間がちょっと過ぎた時間だったけど電話して急いで向かいました。


まいの呼吸が荒かったので酸素室に入れてもらい夕方落ち着いてきたので
迎えに行きました。
ところが夜にまた2回発作が起こり、今度は夜間救急病院に連れて行き、
また一晩酸素室で過ごし
ここでは預かりできなくて飼い主も一緒に付き添わなければいけなくて
ずっと朝まで一緒に付き添っていました。


朝になって一旦家に戻って、かかりつけの病院に行くまで時間があったので
ひと寝入りしようと思ったところへまた発作です。
この頃にはまいも私もくたくた、泣きたくなります・・・


この時点で誰もが私も先生達も心臓の発作と思っていました。


朝一番でかかりつけの病院に向かい、
病院の待合室で待ってると発作が起きる前兆?というか首がカクカクし出したので
『今から発作が起きそうです!』と先生に診てもらうと
心臓より頭からの発作じゃないかという事でこの日からてんかんの薬が追加されました。


この日のまいは、脳圧があがって後遺症で足に力が入らず、
それでもトイレに行こうと歩こうとするので
フラフラ、よろよろしててトイレにたどり着いてもおしっこをする時は足で踏ん張れず、
べたっと寝そべったまましていました。


夜中には1時間寝て、起きると1時間部屋の中をふんばりが利かない足で
ヨロヨロしながら部屋の中を徘徊、
狭い所に入り込んで前進出来ないとびっくりするほど大きな声でキャンキャン鳴くし、
歩くのをやめさせようと抱っこしてもキャンキャン鳴いて
全然私の声も聞こえてないかのようでした。
これを一晩繰り返していました。
もう本当に泣きたかった・・ 


徘徊は一日だけだったけどものすごく大変でした。
チーコもその騒動の間、ほったらかされて一人留守番ばかりで可哀相でした。
でもまいの命にかかわる事だから許してね。

それからのまいは、足が弱ってしまい、
反応も鈍くなって耳も一気に遠くなってしまいました。
すぐそばで呼んでも全然聞こえなく、でも高音はなんとか聞こえるみたいで
ご飯の時、ためしに犬笛を吹いてみると聞こえてるらしく慌てて起きて来ていました。



20130725 127


長くなってきたので続きは次回にします。
ここまで読んでくださってありがとうございます。














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